路傍の水

日々 絵や創作のこと

創作SS:嘯嘆き

彼女との出会いは高校生のころに観た映画だった。強烈な存在感をはなち、美しく輝くルックスはもちろん、人間の影の揺らぎや、歪な心情を表現する演技力の高さに強烈に惹かれたことが切っ掛けだった。少ない小遣いのみでやり取りし金欠を極めていた当時の三鴨壮一は、彼女のために公開期間中毎週一回、計4回劇場に足を運んだ。まだあどけなさを残す10代だった少女は、今では20半ばを過ぎ、垢ぬけた女性になっていた。年を重ね、女優歴を重ねた彼女はきれいどころだけでなく、物語のキーパーソンを演じる演技派女優にシフトしていった。ついにはハリウッド映画からのオファーもあった。来年はその撮影が始まるということが取り沙汰されていて、そのさなか、週刊誌によると指定暴力団体と思われる男たちとの密会を撮られた。そのテーブルに置かれていた様々な物体が、いったい何だったのかはその場にいたものしか知り得ない情報だが、憶測は悪意や成功者への妬みを孕み、広がり続けた。彼女の印象は地に落ちただけでは飽き足らず、ニュースサイトを開けば誹謗中傷の記事や言葉が目に付くようになっていた。
強欲さは何ものにも勝り、すべてを崩壊させる力を持っているのだと思った。彼女が欲しがったのは金だか、薬だか知らないが、喉から手が出るほど欲しいものだったのか。彼女の美しさは、何ものにも負けない美しさ、そして儚さを抱いていた。バラエティには極力出演せず、それでも珍しく出演した際には、控えめで、発言もそこそこ、台本通り話させられているのだろうと思えるセリフしか口にしなかった。当時はその淑女ぶりが素敵だなんだと持ち上げられていたのに、今ではそのVTRさえ悪意をもって使われる。美しさは、一瞬で砕け散るのだとその時知った。当時男子高校生だった自分自身の、あの感動も崩れ去ってしまいそうだった。彼女は芸能界から姿を消した。海外で生活をしているというもっぱらの噂だった。もう彼女が出演する、新たな映画は観られないと思うと、空虚さに涙もでなかった。彼女が死んだことと同義だった。いつか彼女が演じるキャラクターを描きたい、と、脚本を書いては応募し、落選を続けていた三鴨は、彼女を失ってからはただのサラリーマンであり、都会の有象無象の一部であった。夢の「核」を失ってしまったのだ、と思いながら、Wordで書きためたファイルをゴミ箱へ移し、そしてゴミ箱からも完全に削除した。