ToT:SS
彼の家は、神戸の郊外の人家もまばらな里山のふもとに建っていた。明治の頃に建てられた百坪ほどの広い家は、悪くなったところから直し直し住み継がれていた。当時にしては珍しい石造りの客間や、庭の大きな柿の木は家が建った当時から変わらずそこにあるも…
冬、年末にかけては財布の紐が緩むんだよなあ、と浅草先輩がぼやく。そういえばこの人たちのプライベートな話って聞いたことないな。自分は一年のうちに特別にお金が減る時期というのがないので不思議に思うのもあり、素直に聞いてみることにした。他にする…
「涙を流す理由は800通りあるんだよ」中央本線が突拍子のないことを言いだすのはいつものことだった。またどうせ変な本でも読んだに違いない。たとえ時間が人よりあろうと好きでもないミステリ以外の本は読みたくない俺に対し、こいつは手当たり次第何でも読…
いつの間にか季節は冬の入り口に立っていた。去年、これで最後、と安比奈線から貰ったマフラーを引っ張り出して巻く。首にかけるだけだとすぐ解けるので、首元で一度こま結びをする。安比奈がいた頃はなんだかよくわからないままに綺麗に結ばれていた。何度…
初めての関西、初めての古都、京都!日本の古き良き街並み、木造建築、その他諸々沢山吸収して帰らないと!と意気込んで京都駅に降り立った俺は、「あっつ!!!」出鼻を挫かれていた。「そんな分厚いコート、まだこっちじゃ早いですよ」「こっちの駅員さん…
早朝5時、目が覚めて起き上がる瞬間、すこし目の前が眩んだ気がした。寝ても寝ても身体は毎日重い。疲れているからだ。俺も、俺を使う人たちも。それからのことは曖昧にしか覚えていない。世田谷が用意してくれる朝ごはんも味どころか内容すら覚えていない。…