路傍の水

日々 絵や創作のこと

2017/11/17 西武新宿線

いつの間にか季節は冬の入り口に立っていた。去年、これで最後、と安比奈線から貰ったマフラーを引っ張り出して巻く。首にかけるだけだとすぐ解けるので、首元で一度こま結びをする。安比奈がいた頃はなんだかよくわからないままに綺麗に結ばれていた。何度も口うるさく結び方を教えられたが結局わからずじまいだった。

日はとっぷりと暮れてしまっている。15時、日が傾いたと思ったらそこからはあっという間だった。いつもはここからどっと増える通勤客を迎える時間だが今日はまだまだ。普段より隙間の空いた通勤急行を眺めながら意識は新宿駅に向かう。俺の駅があるのは中心部から外れた東側歌舞伎町、金曜日、18時。

客引きの声があちこちから聞こえる。都だか区だかが規制し始めて、一時期よりはぐっと減ったが、結局抜け穴を見つけてあちこちから顔を出すやつらは人間というより鼠のようなものだ。眠らない街とはよく言ったもので、これが日を跨いでも続く。明け方になると今度はグロッキーになった抜け殻がその辺りに転がりまわっている。確か、ここに居つく「新宿」というやつはだいたい毎晩4時ごろに寝て9時ごろ目を覚ますらしい。滅多に会わないから聞いた話だ。甲武の野郎は「金曜は気に入った本を一冊買ってさっさと帰ってからじっくり読むのが一番いい過ごし方だ」なんて言っていた。あいつの人となりは嫌いじゃないが、一向に理解できない。俺はどちらかというとうまい酒を一杯引っ掛けて夜の風にあたっているほうがいい。昔の方が風は柔らかかったが煙たかった。ゴミくさいのは今も昔も変わらないが、今の鋭いビル風も嫌いじゃない。

抜け殻にならずになんとか帰路を目指すやつらと、遊ぶこともできずにくたくたになるまで働いたやつ、そんなのが溢れかえるのが週末の終電間近のこの時間。酒が何かをいい方向に運んでくれることなんてない、そんなこと、こいつらはわかってんだよ。けど飲まずにはいられないんだろ。

マフラーは、安比奈が毎年飽きずに編んでいるものだった。その冬に使い古して、暖かくなったら捨てる、そしてまた必要になるころに新しいマフラーが出来上がる。俺が村山と名乗っていた頃からだから、いつからだったか。最初はそりゃあ毛糸も悪けりゃ腕も悪くて、出かけるのにつけていけるかよ、と突き返すと目を赤く腫らして翌日にはまた新しいのを作っていた。毎年毎年新しいのをつけてほしいというのも安比奈が言ったからだった。少しでも一年ずつ成長していく私を見てほしいと。自分たちは自分たちの寿命がわからない。いつ消えるか、いつまで生きるかわからない。その途方のない時間を目の前にして、一年一年冬を楽しみに過ごすことができたのは、このマフラーがあったからかもしれない。あいつの休止が決まって列車が走らなくなってからも、毎年毎年自分の分と俺の分の二本だけ編んでいた。健気な妹だった。

マフラーはどんどん綺麗になっていった。池袋のやつにも、いいマフラーだな、なんて言われて、あっち側のに言われるのは悪い気はしなかった。人のものを絶対褒めない甲武にも君のマフラーはあったかそうでいいなあと言われたっけな。その日は飲むペースを狂わせて、結局叱られるはめになったんだった。

あいつが廃止になってから、もう半年が経とうとしている。俺は去年と同じマフラーを巻いている。

 

『こぞの冬』

2017/11/17