2018.11.24

日常のできごとをいちいち呟くツイッターをやめて稼働を絵だけにする、などして、日常についてはブログを続けていこうかなと思っています。流行りのnoteを使うかこちらを使うかは検討中です。多分面倒なのでこのままになると思う。

 

ツイッターのいいところをは呟きながら考えをまとめられる点。呟いたことを消すこともできるので思考や言葉の断片が散らばっているものだと思う。だけど基本は交流のツールであって、そこに存在するのは誰かに対して顔を作った状態の私でしかない、それがネット上の人間であってもそう、多分出会ったときに私はツイッターで持たれた印象と大差のない人間だろうと思う。

でも多分この、誰かのごくさっきおこった過去にいくら反応したところでそれは世間話の一片でしかない。現実の友達とは久しぶりにあったときに近況を聞くぐらいだがそれで事足りているしそれ以上知る必要もないし、だから友達でいられているのだとも思う。正直ずっとフォローしている知人たちの毎日は変化に乏しくてなにも面白みはないし、それをずっと見ている自分にも意味がないなと思ってはいるものの、つながりを切りたくないという思いがそれをずるずると引きずっているんだろうな。

人の頭の中にはタスクボックスみたいな容量がそれほどない箱があって、そこに新しい情報やらなんやらがどんどん入ってきて古いものから消えていってしまうらしい。確かにネットを見ていればどんどん情報は入ってくるし、それについていかないと流行から乗り遅れる、世間から乗り遅れるというのはとてもわかる。わかるけど忘れてはいけないこともどんどん忘れていってしまっている。もっと自分に必要な情報をオフラインで手に入れて、オフラインで処理する時間を持つべきだ。とそれをブログに書いている時点で矛盾しているというのも重々理解しているつもり…