2017/11/30-12/1 都営大江戸線

冬、年末にかけては財布の紐が緩むんだよなあ、と浅草先輩がぼやく。そういえばこの人たちのプライベートな話って聞いたことないな。自分は一年中お金が減る時期というのが特にないので不思議に思うのもあり、素直に聞いてみることにした。他にすることもないし。

「なんでですか。」

「なんでって、ゲームの新作がたくさん出るだろ。」

まるで、まさか買わないのかよと言いたげな顔で言う。買わねえよ。そういえばそんなCMを見たような気もするが、そもそも普段から見たい番組もないのでテレビをつけない。昼飯時の食堂で流しみる程度だ。

今年はハードってのがどうの、動物の森がどうの、なんかよくわからねえ話になってきた。聞くんじゃなかった。

げんなりしてきたところで三田が到着した。なんの話をしていたのか話すと、わかります~と相槌を打つ。

「年末商戦に毎年乗せられちゃうんですよね。だって、新しいコート欲しいし、手袋もマフラーも欲しくなっちゃうし、クリスマス限定コフレはパッケージも可愛いし」

どうせ使いきれないんですけどー、とぼやいている。コフレ、がなんなのかいまいちわからないがこいつのことだから女々しい代物の何かなんだろう。俺には縁がない。

「お前は?欲しいもんとかないの」

浅草先輩に聞かれて、少し考えてみるが特に何も思いつかない。人間が金を払っても欲しがるような『居場所』ってのが元々ある身で、あとは何を欲しがりゃいいってんだ。あ、そうだ、

「来年の手帳?」

生活必需品じゃねえかよそれ、と呆れられているところに、最後のひとり、新宿先輩が来た。時間は日付をまたいで終電がちらほら出たあと、待ち合わせ場所は浅草駅A5出口。両手に紙袋を下げている。

「また随分買ったなあ」

「今日までだったんですよ。あ、日付跨いだから昨日か。」

聞くと、新宿駅で古本市をやっていたらしい。なにをいうか、先月は神保町の古本市だと大量に買ってたくせに。でも毎年のことなのでもうだれも驚かない。そんな大量の本、狭い部屋のどこにしまってあるんだろう。
新宿先輩が本をロッカーに預けるのを待ってから、浅草寺へ向かう。

今日、0時過ぎからここらは人の街じゃなくなる。毎年大盛況の酉の市は人様のお祭りだ。11月の酉の日に行われ、今年は三の酉まであった。そしてその最終日の翌晩、つまり今年は121日の0時過ぎから行われるのが人間以外のための祭り、通称「戌の市」だった。
戌の日だからって安産祈願するやつは誰もいない。売れ残った熊手だったりそこに残った人の精気だかを狙って方々から人でなしが集まる。俺たちも毎年恒例で来ている。畳まれたはずの屋台がいつの間にか組み直され、灯篭に火が灯っている。仲見世通りじゃまだやってる店もあるはずだが、人は気づかない。大昔は気付く人も多かった、というのは店を出しに来る側の伊勢崎のオヤジがいう話だった。こういう市には必ず顔を出すのが東武だった。みんなそれぞれ動物の面をして来るけどバレバレだ。俺らの口に合う飯を出してくれるのは奴らの屋台ぐらいなのでこれにも毎年お世話になっている。別に熊手が欲しいわけでも、(浅草先輩は毎年買ってるけど)物珍しい人でなしを見たいわけでもない俺らがこの市に顔を出す理由はひとつ、金のためだった。

俺らが持っている金はいわゆる日本円じゃない。人間の通貨とは異なった様相を呈するものだった。誰が思いついたか知らないが、それを知るにはもっともっと古くまで遡らなきゃならないらしい。で、その通貨を日本円に両替してくれる両替屋っていうのがいて、そいつに頼めばいつだって両替はしてはくれるが随分ぼったくられる。メトロや東武のやつらは顔がきくからレートが違うとかでわざわざ来ないが、その両替屋がどんな客でもレートを一定にしてくれるのが年末のこの日だった。日用品とか食料は別に人間の通貨じゃなくたって買えるとこはあるが、先輩たちのいうような娯楽品を買うためにはどうしたって日本円に変えてもらわなきゃならない。別に欲しいもんなんて何もない俺は付いて来るだけ時間の無駄だし、こんな夜中に迷惑な話だが、絶対替えといてもらったほうがいいって!という先輩方の押しの一手で毎年来ることになっている。

客が増えるのは丑三つ時を過ぎてからだから、それまでに用事を済まさないと大変なことになる。雷門でまっ先に両替にいく先輩たちを見送ってから俺は屋台を見て回った。トカゲの丸焼き。うぇ。あっちは、ハトの串焼き。うわ、昼間ここらに集まってるハトじゃねえだろうな。

砂利の上をだらだら歩いて中ほどまで来て、やっといい匂いがしてきた。

「おーい!もぐら!もぐらよお!」

太い声、伊勢崎のオヤジだ。呼ばれた方に仕方ないが進む。

「名前が呼べないからってもぐらはないっすよ、オヤジさん」
「でも振り向いただろうが。お前呼ぶにはこれが一番だしな。気にすんな、食ってけ食ってけ!」

狸の面をつけているが中身は東武伊勢崎線東武の親玉。直接関わることはないがメトロの奴らに紹介されてから、祭りの時だけの顔なじみになった。だから、俺はこの人の名前を呼んだことがないし、多分この人も俺の名前を呼んだことはない。

「今年はなんか中身違うんすね、おでん」

「イタリアンおでんとかいうやつだぜ。なんじゃねえ、娘っ子たちが食いに行ったのが美味かったから、うちで出すことになったってなわけだ。ほれ、トマト食ってみろ」

といいながらいろんな種をさらによそう。トマトだけじゃねえじゃん。

箸でトマトを割る。皮が剥かれて出汁の沁みた煮トマトは思いのほか柔らかかった。食べてみると、まあ、美味い。特に他に感想もないがまあ美味い。

今年、店に来ているのはいつものでかいのと、やかましいちっちゃいのと、たすき掛けした女子が1…2人だ。今年は2人いる、あれ、珍しいな。みんな面を被ってるし、名前も呼べないのでいつまでたってもこれがなんなのかわからないでいる。いつもいない小さい女子(多分)は俺が食べ終わるのを待って、「美味しいですか」って聞いてきた。黄色い狐の面をつけている。あれ、この声聞いたことあるような

「まあ、美味い、です」

気の利いた言葉はやっぱり出なくて、食った時と同じ感想しか言えなかった。でもそいつにはそれで良かったみたいで、よかった~、と手を頬に当てて喜んでいた。伊勢崎のが言ってた娘っ子って、こいつのことか。

あと皿によそわれてたじゃがいもとウインナーソーセージは、これまた普通に美味かった。まあ、和風トマトスープなわけだし。追加で何か頼もうと中を覗くと、ロールキャベツがあった。これ絶対美味いだろ。

「じゃああとこれください。ロールキャベツみたいなやつ」

「お、お気に召したかい。よし、これだな

面をつけて、かつ和服で割烹着を着たおっさんがトングを使って更にロールキャベツをよそってる姿はそれだけで面白い。俺はもしかしてこれを見るために毎年毎年戌の市に来てんのかなあ。

「このチビの自信作だぜ、さあ食ってみな」

どん、と背中を押されてるのはさっきの小さい方の女子だった。面でよくわからないが多分、笑っているらしい。

「じゃあ、いただきます」

まあ普通のロールキャベツだろう。そう思って箸で割らずかぶりついた。………なんだ?何かがおかしい。まず、前歯で噛みきれない。キャベツはいい、その中のひき肉もわかる、その先のこれはなんだ?圧倒的に噛み応えがある、よくわからない食感の

何かをかみつぶしたらしく、なんとなく口の中に苦味が広がる。なんだ?俺は今何を噛んだんだ?この苦さ、魚の内臓食った時みたいな、でも、なんだ?いや、これは

美味い、という人はいるとおもう。だが確実にロールキャベツだと思って口にしたらなんだこれは、ってなる味。なんだこれ、なんだこれ!

狐面はこっちを期待した目で見ている(気がする)。食い切れる。一応食い切れはする。なんとか噛み下して食べきった。だけど

「美味しかった?」

この質問に返す言葉がない!まだ口の中に物が入っていて話せない、ってフリをしながら必死で考える。伊勢崎の娘さんだろ、失礼なこと言えねえじゃん、だけど、これなんて言えばいいんだよ。美味いって言ったら他の客にまで迷惑になるんじゃないか?でもでもさあ!

「あ、ここにいたあ!」

そんなときじゃりじゃりと音を立てて走ってきたのは三田だった。でかしたでかいの!いつもは使えない木偶の坊だとしか思ってなくてごめん!

「そろそろ並ばないと後で大変だよ~」

うん、うん、だよな!そう思ってたとこ!財布から食ったぶんの金を払って、急がなきゃいけない!ってフリを大げさにして逃げ出した。ごちそうさまって言えなかったけど、今回は許してほしい。あと、水が欲しい。

 

 

「あー、もうそんな時間かあ」

おじちゃんが懐中時計を見る。丑三つ時にはまだ早いはず。

「残念だったな嬢ちゃん。感想聞けなかったなあ」

今回の戌の市、伊勢崎のおじちゃんに誘われて、私も、お店側として参加して見ることにした。お姉ちゃんが熊手を買うのについてきたことはあったけど、店側なんてはじめて。名前を呼んじゃいけないってルールは教えてもらってたけど、店側は顔も出しちゃいけないっていうのははじめて知った。なんでも、常連さんになられると面倒なことになるやつらもいるから、ってことだった。ふーん?

毎年おでんを出してるって聞いて、中身の代わり映えがしないっていうから、お姉ちゃんたちと食べにいったイタリアンおでんってのを提案してみた。伊勢崎のおじちゃんはなんだそれ、面白そうだなあ!ってすぐに採用してくれた。野田のお兄ちゃんがでっかいお鍋を持ってきて、宇都宮のお姉ちゃんとたくさん具材を用意した。大師くんは味見するだけだ。

お店で食べたメニューをお姉ちゃんたちと思い出しながら具材を用意したんだけど、それだけじゃ面白くないからなんかオリジナルのもんいれろ、っておじちゃんがいうから、私が考案したメニュー、それが「キャベツ巻き」。ロールキャベツっぽいけどちょっとちがう。キャベツでいろんなものを巻いてみた。卵だったり、お肉だったり、あと当たりもいくつか。

「やっぱり、ちゃんと中身書いといたほうがいいのかなあ」

「いや、それじゃあ、面白みがねえだろ」

食べてたあの顔をみたところ、多分あたりを引いだんだろう、大江戸くんは。

 

ふふん、やっぱりお子様にはわからないのかしら。お肌にいいんだからね、マグロの目玉って。

 

 

 

『戌の市』

2017.1130-12.1  都営大江戸線/東京メトロ南北線