路傍の水

日々 絵や創作のこと

2017/11/15 田園都市線

早朝5時、目が覚めて起き上がる瞬間、すこし目の前が眩んだ気がした。寝ても寝ても身体は毎日重い。疲れているからだ。俺も、俺を使う人たちも。
それからのことは曖昧にしか覚えていない。世田谷が用意してくれる朝ごはんも味どころか内容すら覚えていない。部屋の中も外も、目の前がぼんやり白く光っているように眩しく感じて、もしかして初雪かな、なんて初雪には暑すぎる外気を纏って街を歩いた。外気が寒かったか、そうでなかったかも今では思い出せない。多分、特に感じてすらいなかったんだと思う。 真っ白だった街は突然光を失った。気がつくと俺はまた朝に眩暈を感じたあの寝床に戻っていた。

「気がついたか」
部屋に入ることを許しているのは世田谷だけだ。しかし枕元から聞こえてきたのは低いバリトンだった。
「なんでお前がここにいるんだ」
さっさと出て行け、と左手をあげようとしたが上がらない。同じように右腕も、肘から先はもはや感覚すらなかった。何かとんでもないことが自分の身に起きていることを察した。視界はまだ白暈けたままだ。
「何があった」
「分かるだろ?」
段々思考がはっきりしてくる。それと同時に頭の中にどうどうと流れ込んでくる情報を認識した。自分の意識を乗っ取らんとするほどの怒声と溜息、鬱屈と焦燥。入場規制、第三者行為、痴漢、お客様同士の喧嘩……
ああ、またやったのか。思うと同時に鼻の奥がツンと痛み、みるみるうちに目尻に涙が溜まっていった。情けない。
こちらを見下ろす視線には憐憫も憤怒も感じられない。その赤い目を一度ゆっくり閉じてから、バリトンの男、東横は静かに今の状況を話し始めた。

正午を迎えるころには起き上がることが出来るまでになっていた。それでも視界は鮮明さを取り戻さないでいる。こうなってしまったとき、自分に出来ることは自分の形を保ち続けることだけだった。国鉄連中は知らないが、俺らは昔から自分を取り巻く感情に、流されないように強くあれと言われ続けてきた。感情に流されると、自分の形を保てなくなると。列車は動き出した。だんだん身体の中を巡るものが早くなる。停滞するより、俺たちにとってはそれが何よりの糧になった。進まなければ。家にいても仕方がない、と身支度を整えているとバタバタと家に雪崩れ込んできたのは小田急電鉄、小田原だった。矢継ぎ早に昼までがどんな大変だったか、どんな迷惑だったか、どんなに頑張ったか!とまくし立てながらおにぎりを食べている。あなたのぶんです、と渡されたおにぎりはシャケがひとつ、梅がひとつ。付き合いが長いがずっと変わらずやって行けているのは包み隠さず全て話すこいつの性格のおかげだろうなと思った。
「…でも!もうすぐ俺もパワーアップしますんでお気になさらず!」
がはは、と疲れているだろうに米粒をつけた笑顔はいつも通りだった。すごいやつだな、と言おうとしたが喉に引っかかって、結局口に出ることはなかった。